♪家族になろうよ♪ いい歌ですね。

こちらの結婚事情
登記所で結婚届にサインするだけでもOK。 18歳から成人。
保証人は登記所に来ている誰でも可です。トロピカル地帯ですから
早熟性で14-15歳の結婚も多いです。青春時代が重い現実にぶつかりそうです。
2010年世論調査によれば、正式結婚していない同居婚が36,4%に達しているそうです。
また少子化も日本に近づています。サンパウロ州で1.62人で最低です。
40年前は5人以上が当たり前でしたが。息子の出産後、手伝ってくれた家政婦さんは
12人の子持ちで、座って食事をすることもできないと言っていました。今は孫とひ孫に
かこまれているそうです。ウーーン、私にはできない!!!
出産年齢も30歳以上での初産が31.3%を占めるとのこと。
これは歓迎すべきでは!

この大震災以後、家族の絆がまた再認識されたようです。
頼みになるのはやはり家族関係か?
家族を構成するのは個人からです。
対家族、対社会、対世界で、おおらかな信頼関係が築けるといいですね。

今回の翻訳には二世の友達が助けてくれました。彼女はバイリンガル。
ありがとう。オブリガーダ。

Vamos ser uma família!

Mesmo passado 100 anos, continue-me amando
Mesmo deixando-o em apuros, no frente de todos,
Mesmo assim,você sorria ao meu lado
Obrigada por ter me escolhido.

Por mais que confiamo-nos ao fundo
Há coisas que não nos compreendemos
Talvez, conviver com essa solidão seja a amor

Um dia como os ombros fortes do papai
Um dia como o arinho sereno da mamãe

Que consigamos superar qualquer obstáculo
Vamos ser uma família!

Quando pequenina, era uma criança frágil
chorava por qualquer motivo, era uma criança mimada

Só tinha tempo para mim
não tenho dom para cuidar, dar carinho aos pais

O eu amanhã não mudará tanto,mas se pouco a pouco
puder me transformar em uma pessoa
que seja carinhosa com outros

Um dia como a força calada do vovô
Um dia como o sorriso amável da vovó

Com você posso caminhar
Vamos ser um casal assim!

Um dia com um menino sorridente como você
Um dia com uma menina choramngas como eu

Que consigamos superar qualquer obstáculo
Vamos ser uma família!
Com você posso caminhar
Vamos ser felizes!

お幸せに。
いい写真がありません。後で選びます。

盛り上がりました!BEGIMのライヴ



まさかサンパウロでBEGIMのライヴにいけるなんて!それもただで!?
お話はこうです。1908年の最初の移民船「かさと丸」で、多くの沖縄県人が夢とともに、ブラジルにやってきました。同県人の結束の固さには定評があります。現在はなんと40ちかくの支部があり、会員数は万を超えるそうです。そのため2008年の移住100周年記念にBIGIMにライヴ打診をしたのですが、どうしても調整ができず、今回やっと実現したそうです。

 最初、沖縄県人だけの限定でしたが、サンパウロ市長から、5000人収容のアニェンビー展示会場を無料提供されたため、一般人にも券が配布されました。入場無料ですが、1kgの粉ミルクをできたら、持参せよとのこと、これはよくある形式で、市営の幼稚園や小学校の給食の1部となります。

 配布当日、指定された都心のコーヒーショップへ、出かけましたが、何と朝の7時半に300人が並んでいたとか。当然、券も入手できず、あきらめていた所に、BIEGIMと同じ石垣島出身の友人が10枚を職場にまわしてくれました。当然、くじびきとなり、クジ運のない私としてあきらめていましたが、見事あたり!

 11月12日(土)、ライブ開始は午後4時、開演は12時(昨夜から並んだファンもいたとか。スゴイ!)友人と二人喜び勇んで出かけました。彼女はpressでお仕事。私は60歳以上の特別席で(前列20列目?)。
コンサートのための会場ではなく、国際書籍ビエナーレなどが行われる場所に椅子を5千並べ、ステージが組まれました。音響効果は素人の耳には?!

 テレビやYOUTUBEでおなじみのお三方はラフな沖縄スタイルで登場!
 当地の人たちはBEGIMをビジンまたはベジンと発音!すべての曲に、ピューピュー音と名前の連呼、合いの手をいれ、沖縄太鼓の演奏もあり、大変盛り上がっていました。途中からは後方の自由席の若者たちは踊りはじめました。90%が沖縄系出身で客で、お年寄りは故郷を懐かしんでおられました。いろいろな島の歌を方言で歌われました。

「涙そうそう」「しまんちゅうの宝」「さんしんの恋」などヒット曲も一緒になって歌ってきました。気持ちよかったです。翌日の邦字紙によれば7000人を動員したとのことです。


BEGIMの皆さん、心温まるライブをありがとうございました。

春です!Feira de Flor 花市です!









日本は紅葉が美しい秋たけなわ・・・当地は春たけなわ、どこでも花祭り、緑の祭りです。観光源としてどの市でも力を入れています。オランブラ市(オランダからの入植者の地域でお花の大生産地としても有名で、その6割は欧州向け輸出花です)を始め、毎週どこかで開催されています。
 私も友人の車で、サンパウロから60kくらいのアルジャー市へ行ってきました。蘭類や藤の花、観葉植物、三色すみれ、バイオレットetc、日本庭園を模したものや展示もいろいろ。花々や緑に元気をもらって帰ってきました。抱えきれないほどの植木鉢を買って。
 この地の小型三色すみれが色の配色もよく、強く庭園にもぴったりとか。友人は2ダースも買い求めていました。庭の手入れで彼女が苦手なのはナメクジだそうです。ブラジル・サイズは15cmもあるそうで、一晩で葉を食べつくすそうです。トロピカル気候は繁殖も速く、なんでも大型です。

 お昼は同市の日系農業団体の婦人部の皆さんのお弁当、おうどん、カレーライス、焼きそばなど勢ぞろい。
行列の少ないお弁当を試食。おいしかったです。そのほか、お手製のお味噌、ラッキョウ、福神漬け、イチゴ大福などもゲットしました。当分日本食でうれしいです。
 カメラを忘れたので、家で撮った写真の1部を載せます。







Rock in Rio 2011 終わりました!


9月第3-4週末に行われたこの恒例?メガ・エヴェントも動員数70万人を集め成功裏に終わったそうです。
ああ、もちろん、高齢の私が行ったわけではないのですよ。ただ、音楽に興味がある1人として、見ていたわけです。you tubeで見られた日本のロック・ファンもいるかもしれませんが。
ミュージッシャンであり、作家でもあるトニー・ベロット(Tony Bellotto)さんがおもしろい記事をかいています。

 イヴェット・ザンガロ、Shkira、スティービー・ワンダー、エルトン・ジョン彼等はロックという範疇に入るの?!というご意見。でも、もしネーミングを「Pagode in Rio」としたら受けないでしょう。ジャズがそうなったように、最近のすべての曲がロックに影響され、それを吸収していないものはないのだから。
ロッキン・リオが単なるお祭りではなく、フランチャイジングであり、グリッフであり、ピラミッドであり、遊園地(ゲーセン?)であり、同時に異質なものの集まり、社会の反対勢力であり、社会を暴くものでもあると言っています。いつの時代もそうでした。

 彼は最初のRock in Rioが開かれた1985年を懐かしみ、あの当時は大スターを招待する技術的な受け皿もなかったとし、すでにリタイアしたり、引退間近なシンガーしか呼べなかったとし、もし、あの当時に本当の
公演可能な場所はリオではなく、サンパウロだけだったと。リオはあくまでもカーニバルと美しい海岸とムラタ褐色の美女であったと。
そして最後に、ブラジリアン・ロックはだれも窒息死させたくはないし、中断することもないし、ただ、雑音?を出し続けたいのだと。例え教会や政治家ETCの反発があったとしてもと結んでいます。

ああ、この間に200件の盗難と紛失届けがあり、音響効果にも問題が続出し、衛生面トイレ等も最低だとか
入場料はほぼ日本と同じ、一万円でした。次回のRock in Rioは2013年を予想、観客動員数は15%マイナスとか。よっぽど運営が悪かったんでしょうか。

F-1、世界サッカー、オリンピックとイベントが続きます。ギリシャがオリンピック開催の赤字が経済破綻の一端となったとか。ブラジルがそうならないことを願いつつ、でも楽しみです。

心のこもったお琴演奏会でした


 お琴の記念公演無事おわりました。その他大勢の1人でもほっとしました。
開催にこぎつけた宮城会の名誉会長や会長の大先生のご苦労はいかほどだったことでしょう。東日本大震災支援と銘うった会に300人ちかくの皆さんがご協力くださいました。MASP美術館の講堂で行われました。

 サンパウロ総領事館から総領事ご夫妻もいらっしゃり、ブラジルからの今回の大震災に対しての援助に感謝されるとともに、日本の伝統文化の普及に努力している宮城会にも激励のお言葉をいただきました

 まだ新米だったり、永遠に新米のおばさん、おばあさんの演奏に、先生方はどうしましょう、これで本番okなの!?と思いきや、何故か知りませんが、そういう時には強力な助っ人(言葉悪いんですが)が現れるのです!今回は日本の宮城会の大先生・谷真紗重師が参加され、それはそれは素晴らしい「春の海」や「落ち葉の踊り」を演奏してくださいました。プロですね。音色が違う!表現力の素晴らしさ!正確さ!

 谷先生の筝曲を聴けただけでもよいかった。お琴の音、本当に好きです。幽玄の世界などは分かりませんが、すべてを浄化してくれるようですね。

 また先生はお琴のテクニックだけでなく、練習が終わっていないのに途中で帰るとか、楽器の移動などに手助けをしようとしない人たち、特に若い男子!!!(最近の若者はとは言いません、こちら育ちにとってはあたりまえなのです!?アア・・)客席は見ないように。上がってしまうから(先生は多分、こちら育ちなら、来てる観客の中に友達を見つけたら手をふってしまうことを見抜いていらしたのかも知れませんね。)

 そのほかにも、当地の派遣社員の奥様やJICAのシニア日本語教師(彼女は風邪をおしての出演でした)の方々にも素晴らしいお三味線やお琴を聴かせていただきました。その上、調弦までお世話になりました。
そのほか、ご主人様方をはじめ家族の全員などいろいろな人との繋がりがあって、会が存続していくのですね。感謝です。

 舞台終了後、会長のところで茶話会。みんな失敗談など披露。お琴を運ぶとき、乗車拒否にあった人。楽譜のページを飛ばし、頭が真っ白になった人、足ががくがくしてたのを利用?してマイクをヨコに押し出した人、着物の着付けに不満な人、着物姿とお琴でご主人にその魅力を再アッピールしましたねとの問いに、お琴のよさなんか分からないの、私はお琴運搬人がほしいだけと言い放つ人。もうやめときましょう。ああよく笑って楽しかった

 帰宅後は今日入院された我がポルトガル語の先生からも、今日は間違えないで弾けましたかとのお電話もいただきました。ありがとうございます。もちろん間違えました。でも、今日は本当にいい日だったなあ・・・
被害地の皆さんにも心がほっとする時がありますように!

 

アミューズ軍団・東日本大震災への応援歌!! 


アミューズ軍団動き出しましたね。CDになったら私も買いたいです。売り上げは義捐金となるそうです。
まだまだ復興までは程遠いことと思います。でも、小さくともその復興の手助けになればと思います。

あまりはっきりしないこの歌の映像をYou tubeでみました。我らが福山さんは先輩桑田さんと楽しくて楽しくてたまらないといった感じでギターを弾いていましたね。うれしさ伝わってきました。

この歌、曲も簡潔で、詩も大地震を忘れないが、もう一度笑顔の人生をとりもどそう!元気なニッポンの未来のために・・・ときれいなメッセージです。被災された方々だけでなく、我々普通の人々の心にも届きました。

そこで早速、ポルトガル語に直してみました。親愛なる我がポルトガル語の先生が最近、ご病気で療養中のところをチェックしてくださいました。ありがたいことです。



★★★ Lets Try Again 桑田啓祐作詞・作曲

Tentemos novamente !!

Subamos todos ao palco que gostamos,

com os peitos cheios de expectativas

Levantemos agora,

acreditando no novo amanhecer

Oh! Recuperamos mais uma vez,

a vida brilhante cheia de sonhos !

Não esqueçamos jamais,

o dia-a-dia desta tragedia

Quando desfazemos em lágrimas

Oh! Recuperamos mais uma vez,

a vida brilhante cheia de sonhos !

Levantemos todos

para o futuro dinamico do Japão!

Tentemos novamente !!

letra e musica Keisuke Kuwata


サンパウロの我々もがんばってます。被災地復興援助の一助になればと
6月5日MASPでお琴の発表会をします。
福山さんみたいに練習大好き人間ではないので、こういうとき結果がでますね。
後ろの方でポロン・ポロンです。惨めさもこみあげますが・・・舞台もでたいし、
かってなんです。でも大先生やベテランについていきます!

大自然の水を飲んできました!



 4月21日から24日まで、イースター休暇、ブラジルの連休です。サンパウロから南マットグロッソ州の州首カンポ・グランデまで飛行機(約1時間15分)で飛び、後は冷房付きバンで舗装道路を1時間、もう1時間はデコボコの土道、猛烈なホコリ、冷房ナシ、34度とにかく暑い!暑い!! 
 農場ホテルとでももうしますか、冷房ばっちりの部屋へ。子どもたちは鉱泉プールへ一直線!うらやましい!!夜は星空のもとで夕食です。ばっちり、南十字星も見えましたよ。
 こちらの大農園は日本からの資本。地下1300mから1時間に23万リットルも湧き上がってくる鉱泉水を1.85Lのペットボトルにつめ、日本や台湾へ輸出しているそうです。源泉の名前も「アリガトウ源泉」。日本では1500円で「大自然の水 Agua Anew agua mineral natural」の名前で市場に出ているとか。一度お試しになってはいかがですか。とても軽い感じのお水でした。

 他にもブラジル産の70種にのぼる野菜や果物と酵素を混ぜた整腸剤?!も作られ日本などに出荷されているとのことでした。
 現代人は複合ビタミン剤やマクロビオチカ?などいろいろ健康や美容などに過度の関心をよせているようですね。毎日しっかり働き、バランスのある食事、そして、たまにこのような大自然の中で心のもやもやを吹き飛ばすのが最高だと思っています、私は。でも、ファスト・フードもやめられないんですけど。矛盾。


 この旅はある日系の博物研究会で、ブラジルの自然を知り、植物採集などをする団体。参加者にはコケ研究家(ブラジルには12人しかいらっしゃらないとか)とか栄養学の教授とか、医者、看護師とか、なんか専門家ばかり。いろいろな話を聞けて、普通人の私には最高の学校でした!
 はてしなく続くサトウキビ畑では甘い甘い取立てのキビも味わいました!!またさそっていだきましょう!
次はどこかな?

東日本大震災への小さなお手伝い


あの大震災からはや一ヶ月がたちました。幹線道路・港湾等の復興は目に見えてよくなっているようですが、避難所で生活なさっている方々の数はまだまだ減っていません。高齢者の方々の健康が心配です。

原発問題で県外などに避難されている方々、故郷を懐かしむどころか、必死に、明日からの生活の建て直しをお考えのことと思います。道は必ずあると信じています。

1956年?にあった地震災害で、福島県のある村落の皆さんが、その翌年、アマゾンに入植したとのことです。また、チェリノブル原発のあとにウクライナ人グループがブラジル南部の同郷のコロニーに入植したとの
記録もあります。息子たちも、おじさん・おばさんに心配しないでと伝えて。こっちで生活しませんかと。そんなに簡単なことではないのですが。

それで、私たちの教会も小さなお手伝いをしました。4月10日、古着バザーを開きました。これは日本の教会の皆さんからのいただきもので、教会の活動のための資金になっている大切なものです。300人以上の方々が
協力してくださいました。


青年たちもカレーライスを食べて、がんばってくれました。古着のほかにも食堂や古本市、ケーキや石狩昆布などの食品、シュラスコ(肉の串刺し)もよく売れました。みんなの心が一つになって、小さなお手伝いができて感謝です。
日系コロニーで今までに1億円の義捐金が集まり、日赤を通じて送られたと邦字新聞が伝えています。

estão gambatendo エスタン・ガンバッテンド(皆がんばっているという日本語とポルトガル語の合作デス)まだまだです!!!

「ガンバレ!! ニッポン!! 世界がついてる!」


あの大震災から1ヶ月近くがたちます。本当に地球の反対側から、主にNHKのTVや
当地ブラジルと欧米からのニュースを見ていますと、本当にすごいことがおこったのだなあと被災を受けて、苦労してもいないのに、何かがっくりしてしまいます。
本当に生きていくほかありません。生かされていることを感謝しています。こちら側でもそれぞれのできることをしています。

 当地の日系人関係の諸団体や教育関係団体、ブラジル赤十字社を始めとするブラジル各種団体が主に義捐金を募っています。その他、慈善コンサート、慈善バザーなども行われています。ブラジル政府ももちろんです。放射線の影響が日本からの輸入品にどう関係してくるのか。すでに密封包装された日本食品などには影響がないと言っていますが、友人のはなしでは納豆、豆腐などが輸入されていないようです。

 このたびの大震災が日本だけでなく、世界に与える影響も当然あります。世界第3位の経済国ですので、貿易相手国に対する危惧もでています。例えば、現地企業トヨタは輸入部品は4月分まではあるがその後は、日本の工場しだいということです。
 しかし、トヨタは災害後に、ブラジル・トヨタは現地生産するために、サンパウロ郊外に工場を設立すると発表しました。そのため一流紙に雇用応募も出しています。
 また、日本はブラジルの鉄鋼の11%もの輸入国です。鶏肉の輸出も減少する恐れもあります。

 私の好きなエッセイスト・リヤ・ルフツ(Lya Luft)さんは日本人を英雄的な国民と賛辞をおくっています。この大震災を乗り越えるために、今、日本で交わされている4つの日本語を紹介しています。
‐がんばる gambaru(自分のできることをあきらめないで精一杯すること)
‐がまん  gaman(忍耐強く、我慢すること)
‐かんしゃ kansha(救われて、多くの援助を受けられることに)
‐たすけあいtasukeai(お互いにできることをしあうこと)

この大震災に日本人は祖国のため、郷土のために、培ってきた宗教性や思想性と規律正しさ、勤勉さ、英雄的な勇気、愛情をもって乗り越えていくとほめています。なんだか
誇らしい気になります。イラストは破れた日の丸と崩壊した山にアリがしっかり足を踏ん張っているものでした。


ウルトラマンらしきものが、亀裂を除いているのもありました。また、北斎の波間の富士を利用してツナミで
流された町を描いた14歳の男の子のイラストを載せた一流紙に、不謹慎だと抗議のメールもよせられたとか。「ガンバレ!! ニッポン!!世界がついてる!」

未曾有の大地震・大津波 お見舞い



 


 悪夢のような大地震と大津波からはや一週間がたちます。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。そして、被害に遭われた方々の避難場所でのご苦労、ご心痛にどうか耐えて、がんばってくださいとしか申し上げられません。

 当地にもいち早くニュースが流れ、連日関連ニュースが報道されています。写真はブラジル最大の総合週刊誌「ヴェージャveja」誌の表紙です。福島原発の解説も詳しくされています。日本は自然災害予防と対策に最も進んだ国なのに、それでも対処がうまくいかないのは?など。

 身近なブラジル人から一番多くきかれる言葉は、日本はスーパーなどの略奪などが起こらないのか?道路や駅で大混乱が起きないのか?地震で揺れているのに、従業員はなぜ逃げないで、店の棚などを抑えているの?もう考えられないことばっかり!と驚きの声ばかりです。これは日本人のあきらめからでしょうか、成熟した
社会になったのでしょうか。BBCやフランス・ドイツ等のメディアも同じことを賞賛しているそうです。
ちょっと、うれしい気持ちになりました。

 ブラジルの日系人社会でも義捐金の収集にいくつかの銀行口座が開かれています。毛布やおしめ、食料品を持ち込む方もあるようですが、送料が高いため、ご遠慮しているそうです。阪神・淡路大地震のときも多くの
日系人・ブラジル人の善意が集まりました。JICAなどを通して、ブラジルも日本政府から多大な経済援助を受けています。今度はブラジルの番です。たとえ小さなものでも。

 昔から自然災害を受けてきた日本人はいつもそれに打ち勝ってきました。今度も復興に向け、全国民が国際社会からの暖かい援助と共に立ち上がると信じています。地震も津波もないブラジルで、文句ばかりの生活を反省しています。 
ガンバレ日本!

 石原東京都知事の談話のなかに、今回の天災は天罰だとのコメントがありました。それで思い出しました。
良寛さんの書に「津波後作」?というのがありましたね。人間のあまりの思い上がりに、風狂の自然がむくいたとかの内容でした。少し思い当たるところもありですね。原発も?!
 

CCBBイスラム展に行ってきました!



 このCCBBとはCentro Cultural Banco do Brasil の略称であり、ブラジル銀行文化センターのことです。かつて、コーヒー景気に沸いたサンパウロ州に、1927年、設立された銀行で、しゃれたネオークラシック式の建物を利用し、劇場、シネマ、講堂、展示室等がある文化総合センターです。
http://www.bb.com.br

 中央吹き抜けで各階の階段の手すりや照明器具はアールデコ、天井や窓には美しい色彩のステンドグラスが施されています。ほぼ一年を通じて、内外のいろいろなイベントが組まれています。
 
 4階建てのそれほど大きな建造物ではありませんが、小展示会のほうがかえった疲れず、じっくり鑑賞できるので、私の大好きな場所の一つです。

 さて、今回の『イスラムの世界ーアートと文明』もシリア国立博物館、ダマスコ国立博物館、イラン国立博物館、イラン織物博物館などから約300点の出品がありました。

 古くは7世紀から現代までの衣食住に関するもの。特に、ガゼルの皮や、金粉に輝く紙に書かれたり、カーペットに織られたコーランなどが目玉展示物でした。イスラムの文字も美しいものですね。

 プログラムによれば、イスラム関係の展示会は国内では初めてだそうです。詳しくはネットでご覧ください。最近、チュニジアやエジプトなど、イスラム圏の人々の政治変革を求める運動が活発化しています。
このような時、イスラムの歴史的文化を知る企画は非常にタイムリーなものだと思います。

 目だけでたあの真っ黒なガウンを着た女性たちは世の中をどう見ているのでしょうか。

 この銀行はブラジル最初の銀行として1808年、即ち、ナポレオンのポルトガル侵入により、ジョン・ジョン・6世(当時皇太子)一族と貴族たちが、イギリス艦隊に護衛され、リオに逃れてきたときからすぐにできた銀行で、200年以上の歴史があります。

 ラテンアメリカ最大の金融機関です。現在、国内では3400以上の市町村に17210の支店があり、9万人の行員が5350万人の顧客にいろいろな金融業務を行っているそうです。インターネットやケイタイにようる取引のリーダーでもあるそう。

 日本には1972年より、営業を開始し、7支店で約10万人を超える顧客があるそうです。日本だけではなく、世界中で働いているブラジル人からの本国への送金は国の重要な資金となっています。
 

福山さん42歳のお誕生日おめでとう!!!


Feliz Aniversário,SR.FUKUYAMA !

フェリース アニヴェルサーリオ、セニョール フクヤマ!

ブラジルのおいしい焼酎(pingaピンガ)でもお送りしたいのですが、壊れても大変なので、イラストのケーキを送ります。そして、偶然にある本で安藤一郎さんの「四十二歳」という詩に出会いました。
5連目はちょっと、「老いて」のことばが、あってないかもしれませんが。

「若い」女性にも、「老いた」女性にも、ラヴ・ソングやプロテスト・ソングを歌い続けてください。
益々のご活躍を祈念いたします。




四十二歳           安藤一郎


既に 私の肩からは
匂う粉のようなものは剥がれた
ひとは 言うだろう
私は少し老いて 硬くなってしまったと

私の内部 見えない隙間を
日に日に崩れてゆくものがある
しかもなお
私は 柔らかな朝の光を乳のように飲む

ひとは 知らない
私の真下で 瓦礫に砕かれている苦悩を
時々 若い幻影を見上げて
うっとりする この眼を

果たして かっての私に
花咲いたことがあるだろうか
いつか 一つの実りとなり
自分のまわりを豊かにしようと夢見たのに

ああ 人を愛し ひとに愛されることを
ひそかに希う歓びを
私 はそれだけで生きている
少し老いて 硬くなって

サンパウロ市と東京都の比較

 昨日、1月25日はサンパウロ市ができてから457年目の記念日でサンパウロ州は祝日でした。日中は28度~30度の暑い日が続いていますが、必ず降るスコールというより、土砂降り続きで、700人以上の被害者を出したリオ市にも負けないくらい洪水の被害も出ています。一日も速く復旧がなされますように。
 
 大変おもしろい論文をみつけました。
現在、大阪市で不動産鑑定士として活躍中の秋山祐子氏(サンパウロ大学大学院工学研究科不動産研究所・研究員)の「サンパウロ市の不動産概説」です。サンパウロと東京の不動産市場を比較したものです。
http://www.nipo-brasil.org/tokuho/1005ya.html

 表を写します。

   サンパウロ市   東京都(島部除)
面積(km2)  1,509      1,782
人口    11,057,629   12,963,555   (2010年推定)
人口密度 1km2  7,328      7,275
総生産     19兆3435億円  92兆3004億円
1人当年間所得  約177万円  約454万円 (平成19年)
     
経済的なところは大分差がありますが、大きさや人口などはほぼ同じなのですね。サンパウロも大都会になったものです。40年前はのんびりしただだっ広い町でしたが。

秋山氏の論文によると2007年から分譲マンション数では東京を抜いていること。これは政府が「私の家、私の命」プログラムPrograma Minha Casa Minha Vidaで、中低所得者層のための住宅政策を打ち出しているため。
オフィス供給では圧倒的に東京が上。サンパウロはその2割弱にすぎないこと。ショッピング・センターはサンパウロが1991年には14しかなかったものが2009年には、50店に、まさに建設ラッシュ。これは経済成長に伴い、低所得層に購買力が付いてきたからだと思います。

著者はそのまとめとして、「内需拡大の牽引力である住宅市場の今後の発展に関しては、住宅を購入した中低所得者層が堅実に債務返済を遂行できる政策を、政府が今後持続させることが重要であろう。」と結んでいます。

本当に、月50レアル(20ドル)の返済ができず、せっかくのマイホームを手放す人たちもいます。我が家も最初の家は政府住宅プランの32年月賦でした。

日本の住宅耐久年数が他の国々と比較すると、40年と極端に短いのが驚きですね。英国の160円はともかく。
買った時点から、物件の価格は下がり始め、40年後には?! 我が家のアパートの価格は約20年前より6倍はしています。

大都会サンパウロも場所により、路上生活者が増えているようです。生活の土台であるホームを得るための政策の成功に期待します。








  

女性大統領就任!

1月1日はブラジル初の女性大統領の就任式でした。

正式なお名前はDilma Rousseff ジルマ・ルセフ大統領(第40代)です。

「我々学生運動を経験したものは、拷問にもめげず、いろいろな困難を共に戦い、古い因習を破ってきました。特に、今日は女性大統領として、女性への道をもっと広げるためにきました。ブラジルの運命は政府の
ものでもありません。すべてのブラジル人のすべての労働や行動の結果にあるのです。」と山積みの問題に
1日1日努力していくと力強く、時に涙を浮かべ挨拶されました。

 ちなみに新聞報道によりますと、ジルマ大統領もブルガリア人の父とブラジル人の母という移民の子です。
これまでの9代か40代まで31人の大統領のうち10人(25%)が移民の子であるとのこと。これは米国の44人中7人(16%)より、多いと自慢しています。即ち、外国人に門戸を開き、その子弟が大統領になれるまだ
未知の国ですよとのことです。
 我が家の息子どもは大変なしごとより毎日を楽しんでいるようです。

 37閣僚中、9人の女性を登用しています。彼らの能力に期待しています。また労働党ですので、その上級ポストの45%を労働運動関係者や諸労働団体から選出しています。
 これだけ天然資源に恵まれた国なのに、今でも数千万人の貧困層のある現状はエリート層の政治怠慢といわれてもしかたないでしょう。前ルーラ大統領(労働党)が当選したら、私たちは他国に移住するという人たちもいたのですから。
 510年の歴史しかない国ですが、BRIC諸国とともに繁栄していって欲しいものです。
日本を含めて、世界中の国々の企業が集まっています。共生精神でいってほしいものです。
もう日本人よりブラジル人になってきてる私としてはそう願っています。

どうぞブラジルへもおでかけください。厳しさも楽しさも見てください。

フェリース・アノ・ノーボ あけましておめでとうございます



クリスマス・シーズンをいかがお過ごしになりましたか。
私は29日と30日は「龍馬伝」総編編、31日は「紅白歌合戦」、1日は「最後の楽園」と福山づくしとなり、キャツキャ、ドキドキの日々でした。このご時勢ビデオ・デックがあるご家庭が少ないのに、我が家にはバッチリあるのです。この録画ちゃんと、とれてるの?!など息子に頼む声もうわずってました。

さて、「龍馬伝」いろいろ名場面がありましたね。今の日本を洗濯し、現代人に何かエールを送ることができたのでは?個人的には、「命をそまつにしないで生きること」と「ごめんちゃやに象徴された感謝と別れ」のメッセージが好きです。

紅白は当地では31日の朝8時30分からでした。半分以上の方はなじみがありません。なんせTVはNHKしかケーブルに入ってないからです。さてさて、満員の横浜アリーナからの中継、弥太郎さんによる断髪式までありましたね。超真面目なお顔でしたね。1年間の龍馬との決別だったのでしょう。

そして「道標」から、命の絆と尊さと謙虚に生き続けようというメッセージをしっかりいただきました。今年は母がなくなり、寂しい思いをしましたが、意地っ張りはもらい受けました。

♪♪ 人に出会い 人を信じ 人にやぶれて
  人を憎み 人を愛しまた人を知る
  風に吹かれて 泣いて 笑い 生きるこの道 ♪♪
 

そしてそして「最後の楽園」のナビケーターとして、なんとブラジルのゴヤニアというセラードに降り立っていたんですね!極秘情報だったんですか!会いに行ったのに!(バッカじゃないという友人の声が聞こえてます。)無視!なんですか、都会の男の子が森やジャングルに解放され、嬉々として飛び回ってる感じ!こちらも楽しくなってきますね。20年前のシイナマコト探検隊より、最新技術を背負ったクールな探検隊ですが。

今年もこの番組のおかげで、アイドルに月1回会えますね。うれしいですね。
では、今年もゆっくり歩いていきます。ブラジル流です。

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ようこそ

Blogには航海日誌という意味もあるとか。それならば人生の航海日誌を日々の何気ないできごとにたくして、人生の終盤を私流に生きていますということを、ちょっとかっこつけて、書いてみようと思い立ちました。サンパウロに住む利点を生かし、まったく個人の目からみたこちらのニュースも流します。もう一つ、自他共に許すあの福山さんの大ファンなので、彼の発言をだしに、一言申し上げる所存でもあります。反発され、石が飛んでくるかも知れませんね。

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