ブラジルのツナミ?

今月の7日から17日まで、サンパウロ国際書籍ビエナーレが開催されました。
本好きの1人として、若手をお供に行ってきました!

政府文化予算が適応されるか、開催のメドが立っていなかったようですが、そこは
ブラジル流解決法で、ちゃんと幕を開けました。昨年よりも出展出版社が増えたそうですが、
これは東京国際書籍ビエナールと比べれば、 300強でまだまだですが・・


さて、大学書籍関係ブースで、サンパウロ大学の雑誌の最新号を見つけまし
特集は東日本大震災について。地震・津波・原子力発電について、専門家の記事が満載!

その中で、ジョゼ・アルベルト・ヴィヴァス・ヴェローゾ(Dr.Jose Alberto Vivas Veloso)先生が「ブラジルのツナミ?」という記事を書かれています。あったんですね、ここにも。

主なツナミ

1)1541年 サンパウロ州  サン・ビセンテ        気象構造変化? マグネチュード? 
2)1666年 バイヤ州     サルバドール市       気象構造変化? マグネチュード?
3)1789年 サンパウロ州  カナネイア市         地震による    マグネチュード 4.5
4)1919年 バイヤ州     トードス・オス・サント湾   地震による    マグネチュード 4.2
5)2006年 大西洋上   サンペドロ・サンパウロ群島 気象構造変化  マグネチュード 5.3~6.0

1)まだサンパウロに原住民教化のための村が海岸沿いに建てられていた頃。ベネジクト派の
 ガスパール神父の報告書に、集落や教会が高波に流され、新しい村の建設にお金がかかった
 とのこと。

3)いつもは波も穏やかなこの漁村に、2分間地面が揺れ動き、その後、高波が押し寄せたとの記
 録。幸い被害は無し。原因はこの場所から30kmはなれた大西洋の海底地震と見られます。
 1946年にもほぼ同じような記録あり。

 この地には国立海洋研究所もあり、魚介類の養殖の地。釣りのメッカ。あ、そうそう、40年ほど
 前、株で儲けた知人ご夫妻がつり宿から始め、今では立派なホテルになって。確か「ホテル・
 コケイロ」でしたか。

4)すごい数の魚がまるで海の電線に触れたように、高く舞い上がったと漁民の証言。このときは
 高台への避難勧告が出され、人的被害は無かったとのこと。

 2)4)とも、世界文化遺産に登録された美しい場所ですが、自然災害にもあっていたわけですね。

5)ペルナンブコ州に属するブラジル本土から最も離れた(約1000km)海の孤島。

 1511年に発見されているが植物育たず生水もない所から、1995年ブラジル海軍が灯台を設置す
 るまで放置された。1998年、気象状況や海洋資源調査のために科学ステーションが海軍によって
 開設。現在4名の軍関係、専門家が駐在。

 映像によると本当に孤島ですね。人のためにがんばってる人がいるんですね。
 you tube やg1.globo.com や veja.abril.com.br やtv.estadao.com.br/video  で見られます。

 東日本大震災でまだ自宅のない、もどれない人々が34万人もいるそうです。一日もはやく、
 戻れるか、新しい場所での再出発ができますように。そのための勇気を心からお祈りします。

 フェアー開催中は、販売価格が最大30%引きですので、写真のきれいな本を求めました。
 孫にも買ったし、でもくたびれますね、場所広すぎ!?年です、わかってます!










ご紹介します!「おいやんのブラジル」

ブラジル国旗をバックに
最近はブラジル関係の図書があふれていますが、
信頼のおける情報満載の図書はそんなにはないようです。

そこで、是非読んでいただきたい図書を紹介します。
「遠くて近い国ーシニア・ボランティアのみた21世紀ブラジル」です!!! 
なるほど、なるほどと思うこと頻りです。

永らく貿易商社で勤務され、ブラジル政府とのビッグ・ビジネスにも
関わられました。退職後、JICAのシニアボランティアとして、再度サンパウロで 
3年間生活されました。そのときの体験が元になっています。

その当時から「おいやんのブラジル便り」を出されていました。その時からの
熱心は読者でした。ブラジルの政府との交渉や大農場主との出会いなど、
一般人が体験できないことがさらりと、かかれております。

その一節をご紹介します。

「 ブラジル人は陽気で話好き、気さくな連中。少々いいかげんで騒々しいのですが。
日本人だとわかると『アリガト』とおじぎをしながらニッコリ、憎めない連中。
快適なリゾートホテルがあちこちにあります。北の国で稼いだユーロを懐に
いらっしゃれば、それはもう天国そのものです。

北の国は経済が強い。しかしゆとりがなくて住みにくい。南の国ブラジルは
政治家たちが派手に公金略奪を繰り返しているというのに、
なぜかゆったりと住みやすい。」

その何故かを解き明かしています。
お買い得ですよ。

著者ご夫妻にお会いしたことがあります。気さくで熱血漢あふれる方でした。
現在、和歌山県で出稼ぎブラジル人のためのボランティアをなさっています。

『遠くて近い国ーシニア・ボランティアのみた21世紀ブラジル」
著者 真砂睦
出版社 無明舎出版
定価 1680円 


美術品に囲まれた生活、いいですね!

財団の入り口

10年ほど前、Pinacoteca美術館でエマ・ゴードン・クラビン・個人コレクション展がありました。いつか
これらの美術品が彼女の邸宅でどのように飾られ、愛しまれていたのか興味がありました。
そして、
独身であった彼女の死後、エマ・ゴードン・クラビン文化財団が設立され、邸宅(900m2)が
一般公開の運びとなり、私の希望もかなったというわけです。

彼女は1907年リオで生まれ。ユダヤ系の両親はリトアニアからの移住者であり、当地で製紙業と
セルロース業で財をなしました。リオとドイツで教育を受け、父親の跡を継ぎ経営者となりました。

1940年ごろから、世界各地を旅行し、美術品を購入するようになり、カタログされたものは約1500点。
欧州の絵画(シャガール・ルノワール等)・彫刻・タペサリー、
中国や日本の仏像や陶磁器(唐時代・明時代8-18世紀のもの)など、

ブラジルの宗教的な彫刻や装飾品(壊される教会からもいろりろ譲り受けた)
1920年代のブラジル近代絵画などいろいろ。

欧米の財閥と比べると、例えばニューヨーク郊外にある元USスティール社長宅だった
Old Westbury Gardens ほどのものではありませんが、収集コレクションに囲まれて過ごした
女性の邸宅としてとても親しみが持てました。

彼女の好きな絵の1つに猟犬を従え、弓矢を持つギリシャ神話のダイアナ図があり、同じ構図で
彼女をモデルに描かせています。心に強さを秘めた女性像です。

作品や邸宅内部はネットでみられます。
www.emaklabin.org.br
お楽しみください。
内部撮影は禁止!何故だかおわかりですか。美術品の盗難を防ぐため、連邦警察の助言だそうです。
訪問するにも事前に氏名・身分証明書番号・住所などが必要でした。木・金し公開しません。



蘭がお好きだったんですね
イタリア製エンジェル



イタリヤから輸入したバスタブでしたが
お気に召さなかったので庭に。
高級住宅街には外車輸入店がずらり。
一度乗ってみたかった!?

サンパウロでの結婚式で一番
ステイタスのある教会。予約は2年先までいっぱい!























リオ市にもやはり個人邸宅をそのまま美術館に
したものがあります。まだあるかな。
天国の家美術館 Museu Casa de Ceu



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ようこそ

Blogには航海日誌という意味もあるとか。それならば人生の航海日誌を日々の何気ないできごとにたくして、人生の終盤を私流に生きていますということを、ちょっとかっこつけて、書いてみようと思い立ちました。サンパウロに住む利点を生かし、まったく個人の目からみたこちらのニュースも流します。もう一つ、自他共に許すあの福山さんの大ファンなので、彼の発言をだしに、一言申し上げる所存でもあります。反発され、石が飛んでくるかも知れませんね。

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学生運動の最盛期に卒業し、移住。血液 AB型 趣味 お琴・コーラス・読書
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